少女はいっそう視線を鋭くした。かと思えば、空間を切り裂くように手を振る。たちまち魔力が弾け、破壊の雨が降り注ぐ。魔導科生たちがとっさに防壁を張ったが、すべてを防ぎきることは叶わず、一部の壁や床に穴が穿たれた。
「この、魔力……ありえない動きをしていますわよ!?」
「『魔導術であって魔導術ではない』というところかな! なんとも厄介だ」
各所から困惑の叫び声が上がる。アインは誇ることも嘲ることもせず、図形を描くように腕を振った。間断なく射出される赤い光。今度、それを防いだのは、髪の毛ほどにも細い鋼線だった。
「カーター!」
レクシオが鋭く呼びかけると、少年は「は、はいっ!」と素っ頓狂な声を上げる。それから、そばにいた神父を振り返った。
「セレスト司祭! 例の物はどちらにありますか!」
「東の神殿――『知識と先見』の神々を祀っていた場所です」
セレスト神父は蒼い顔で答える。平静とまではいかないまでも、声色は落ち着いていた。
かすかに聞こえたやり取りを受けて、レクシオが弾かれたように駆けだす。カーター以外の『研究部』の面々とトニーが彼の後に続いた。
「任せていいか、ステラ!」
「うん。そっちもお願いね!」
ステラは敵から目を離さぬまま応じる。直後、彼女の手から放たれた光の棘を薙ぎ払った。その一瞬、教会の外へ飛び出す学友たちの姿が目に入る。
後に残るのは不気味な静寂だ。
ステラは細く息を吐き、アインの方へ神剣を向ける。鉄や鋼とは違う輝きを前にしても、神ならぬ神族はまったくひるんでいなかった。炎を宿す両目には、憎き『銀の翼』しか映っていないのだろう。
「許さない」
地鳴りのごとき声でささやいて、少女は再び腕を振り上げる。
「許さない許さない許さない! ラメドを殺したおまえは! 絶対に!!」
怒りの叫びに呼応するように、深紅の星が宙を埋め尽くした。それは瞬く間に集束し、一筋の光となる。アインの右手が空を切ると、光は生き物のように飛び出した。
ステラは、魔力をまとわせた刃で光を切り裂く。真っ二つになった光の帯はしかし、分割されたまま、何事もなかったかのように動き出した。ぎょっと目をみはったステラは、とっさに体を伏せる。走って長椅子の陰に隠れると、当然のように光も追尾してきた。
「うわっ、どうすんのこれ」
呟く間にも、一本の帯を切り捨てる。やはり分裂した光はリボンのように動き回って、ステラの耳元をかすめた。一瞬後、背後で燃える音がする。長椅子の背もたれの端が焦げて落ちていた。
それだけではない。分裂した他の光は、セレスト神父のいる祭具室の方へ向かっていた。ジャックとカーターの防壁魔導術のおかげで大事には至っていないが、厄介なことこの上ない。
「――ああもう!」
剣に魔力を込めると同時、ステラは長椅子の陰から飛び出す。神剣を振り上げ、空中を裂いた。刃から漏れ出した銀色が三又に分かれ、紅い光の帯めがけて飛ぶ。女神の魔力を浴びて、ようやくその光は消え失せた。
アインの顔がさらにゆがむ。しかし、悔しがる時間は長くなかった。小さな手が天井に向けられると、そこから新たな光の帯が飛び出す。さらに、赤紫色の炎がいたるところで咲いた。
光が矢のごとく迫る。ステラはとっさに飛びのいた。一瞬前までステラが立っていた床が、炎天下の氷のように溶かされた。そうしている間にも、赤紫色の炎が流星群のように降り注ぐ。
「ちょ――」
ステラが慌てて叫んだとき。教会内を氷の嵐が駆け抜ける。それは、進路上で燃え盛っていた炎をあっという間に消した。
「よし、一応こっちの術も効く!」
「『魔導術であって魔導術ではない』とは、言いえて妙ですね!」
氷を放ったのはナタリーだ。その隣から、剣を構えたミオンが飛び出す。再び上空に紫色の炎が現れたが、それが彼女を焼くことはない。ミオンが自身のまわりに強固な防壁魔導術を展開したからだ。
「神父様の守りは僕らが引き受ける! こちらは気にせずやってくれ!」
「はいっ!」
祭具室の前に立ったジャックが叫ぶ。答えたミオンはすぐに剣を振るった。切っ先に触れた炎が煙となって消える。彼女もまた、剣に魔力を込めたのだ。
そうして少女はあっという間にステラのもとへ辿り着く。目の前で舞った光の帯に素早い連続突きを繰り出した。すると、帯はぼろぼろに崩れて消える。
ステラは一連の出来事を、唖然として見ていた。
「ステラさん、加勢に参りました! ……あっ、ご迷惑ではなかったでしょうか」
「あ、うん。いや……すごく助かった。ありがとね」
乾いた声で答えたステラは、気を取り直して身構える。神剣でアインを牽制しつつ、彼女の術を目で追う。
「しかしまあ。あの光、女神の魔力じゃなくても打ち消せるんだね」
「はい。一定以上の魔力をぶつけると形を保てなくなるみたいです。レーシュさんやダレットの力と違って、根底は魔導術と同じみたいですね」
ミオンが静かに所感を述べる。ステラは『銀の魔力』で空中の炎のひとつを消しながらうなずいた。そのまま、ちらとアインの方を見る。
眉間にしわが寄っていたまるで彼女の感情の揺らぎに呼応するかのように、炎の花の数が増え、生ぬるい風が吹いてきた。
ステラは頬を引きつらせる。
アインの力が魔導術に近しいのは、おそらく彼女が元人間だからだ。……とはいえ、今は曲がりなりにも神の一柱。見たところ、操れる魔力は無尽蔵に近い。先刻のミオンのような荒業で対応できるのは、彼女たち『魔導の一族』と『翼』くらいのものだろう。
それに――
「このまま魔力のぶつけ合いを続けていても、きりがないわね」
ステラの呟きに、ミオンがうなずく。
「ですね。教会もめちゃくちゃになっちゃいますし」
「うん。それは今さらかもしれないけど、そうね。被害をなるべく抑えるのは大事なことだし」
穴だらけになった礼拝の間を見回す。
最初にレーシュが大穴を開けたところには、番人のようにアインが立っている。周囲の床はもはや原型を留めていない。
えぐれた柱に焦げた長椅子。一方で、奇妙にも神像や彫刻、神話を描いた絵画などは一切傷ついていなかった。ステラは、引っかかりを感じつつも意識を逸らす。今見るべきは、そこではない。
内から外へ。ひと通り視線を走らせてから、学友を呼ぶ。
「よし。ミオン、いったん出よう」
ミオンはひととき、ぽかんとした。だがすぐに、心得たといわんばかりにうなずく。
ステラは軽やかに床を蹴った。一息でアインとの間合いを詰める。
剣を振るう。刃があっさり空を切る。斬撃を跳んでかわしたアインは、至近距離で指を弾いた。
ステラの鼻先で火花が弾ける。
「うわっと!」
自身の反射神経と仲間の防壁魔導術とが彼女を救った。
よろめきつつも後退したステラは、そのまま身をひるがえす。ミオンもすぐさま倣った。
「ナタリー!」
教会の奥を振り返る。炎の雨をしのいでいた学友に向かって呼びかけた。左腕を、自身のまわりに円を描くように動かす。見事意図を察したのだろう。「はあ!?」という叫びが、反響しながら飛んできた。
「まーた無茶言うわね、あんた! まあやるけど!」
言うなりナタリーは空中に手をかざした。魔力の一部が彼女のまわりへ押し寄せて、同種の構成式が四つ、現れて消える。それを見るなり、『武術科』の少女二人は長椅子の迷路を駆け抜けた。当然、アインは彼女たちを追いかける。
「逃げるな!」
咆えた少女のまわりでうねった魔力は、赤黒い蛇の群れを生み出した。甲高い声を上げて宙を走る蛇は、動くたびに溶岩のような物体をまき散らし、あたりを焼いていく。一方で、合羽に跳ねた雨水のように弾かれ、消える飛沫も多かった。教会のあらゆる設備に張り巡らされた防壁魔導術が、赤黒い蛇の侵略を防いだのである。しかも、その防壁は、ステラたちの動きに合わせて少しずつ移動していた。
「わっ。ナタリーさん、すごいです!」
「細かい調整は苦手って言ってたのに。やるなあ」
自分たちに肉薄した魔力の蛇を切り捨てつつ、少女剣士二人は感嘆する。もちろん、一瞬たりとも足は止めない。
一方、教会の奥側でも称賛の声が上がっていた。セレスト神父の前で目を光らせ、飛んでくる瓦礫や『火の粉』を払っていたジャックが顔を輝かせる。
「腕を上げたね、ナタリーくん!」
「とんでも、ない……! こっちは、ギリギリだって、の……!」
一方のナタリーは汗だくであった。見かねたジャックが「手伝おうか?」と言うと、彼女は小さく首を振る。
「ありがたいけど……団長、よりは……カーター……!」
「えっ、ぼくですか!?」
ジャックの補助に回っていたカーターが飛び上がる。「なるほど」と、ジャックが赤黒い塊を撃ち落としながら呟いた。
「神族には聖職者をぶつけろ、というわけだね」
「えええええ!? あ、あまりにも荷が重いのですが!?」
「心配いらないよ、カーターくん。こちらは任せてくれたまえ!」
ひええ、と情けない声を上げつつ、カーターもまた『防壁張り』の仕事に加わる。
周囲から漂う魔力の種類が増えたことに、ステラは心から感謝した。
直後、背後から暴風が吹きつける。もわりとした魔力をまとった、嫌な風。
「うわっ」
「ステラさん!」
体勢を崩しかけたステラをミオンが支える。彼女は片手で構えた剣をひらめかせ、あっという間に二匹の蛇の頭を切り落とした。形を失った魔力の向こうから、アインがやってくる。
「ありがと、ミオン!」
「いいえ!」
軽やかなやり取りの後、二人は、屋内と屋外の境をまたいだ。
勢いをつけて外へ飛び出す。同時、ステラは素早く身をひねった。神剣が美しく弧を描き、残る魔力の蛇をすべて斬る。
軽く目をみはったアインに、白い切っ先を向けた。
「さて。これで思いっきり戦えるわね」
灰色の空の下。ステラは、不敵に笑って呼びかける。
アインは答えなかった。ただ、両手を広げる。小さな手のひらに、あっという間に魔力が集まり、光を放った。一瞬後――桃色に輝く槍が現れる。
その形を見て、ステラは思わず眉を上げた。しかし、アインに彼女の驚きは届かない。槍を構えた神族の少女の殺意が、『銀の翼』に突き刺さった。